一触成笑

    ~ 私のこの手が触れますことで あなたに笑顔が戻りますように ~

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2013年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年06月

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宮古市田老地区へ行ってきました (3)

田老地区で見たこと、聞いたこと、感じたことをもう少し。


・ 仮設住宅のこと①

昨年の気仙沼市ではなかったことですが、今回は仮設住宅を目にすることができました。

TVで仮設住宅を見ることはありますが、それぞれがどんなところに建っているのかを
うかがい知ることはできません。

田老地区だけを取り上げることは意味がないかもしれませんが、
住所に田老とある仮設住宅は、6ヶ所 482戸あります。
そのうち3ヶ所 407戸は、
今回私たちが宿泊した 『 グリーンピア三陸みやこ 』 というホテルの 敷地内にありました。
                     (東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイト より)

大規模な仮設住宅ということで、こちらには談話室や集会所があり、
『 たろちゃんハウス 』 という22の店舗や事務所の入る仮設の商店街もあります。
                              (調べた情報 実際に行ったわけではない)

私が施術をさせていただいた方も、
「 みんなで集まって “抱っこ用のハンモック ”を作って、販売してるのよ~ 」
とおっしゃっていました。

ことばが適切でないかもしれませんが、
こちらはいろいろと揃っている方の仮設住宅だと思われます。
規模の小さな仮設住宅では、住んでいる方同士のコミュニティー施設はないでしょうし、
仮設住宅自体が孤立しているところもあると思いますので…。

どうかどうか、1日でもはやく仮設住宅がなくなる日が訪れますように。


・ 仮設住宅のこと②

施術中に聞こえてきたおはなし。

 質問された方: 「 仮設住宅、どうですか? 」
 回答された方: 「 あきらめています 」

回答なさったのは、70歳代と思われる女性。
生活の不便さをあきらめていらっしゃるのか、仮設住宅での生活から解放されることを
あきらめていらっしゃるのか、おことばの真意はわかりかねます。

ですが、想像できないほどのご不便、ご心痛があるものと思われました。


・ 本当は…のこと

施術をさせていただいた女性から、お尋ねを受けました。
 「 整体って、“ うつ ” にも効くの? 」

からだの痛みが軽くなること、からだを動かしやすくなること、
背筋が伸びて顔を上げて胸を開いて 深い呼吸がしやすくなること、などから
“ うつ ” の方が受けられるのは いいことだと思う と返答しました。

すると、次のおことば。
 「 だったら、連れてきたらよかったわ~ 」

今回のイベントにお友達を誘われたそうですが、行かないと言われたそうです。

こういうイベントに参加くださる方々は、
どちらかというと からだもこころも元気なほうの方なんですよね。

本当は、元気の出ない方にも元気になっていただきたいと願うのですが…。
出かけることや人に会うことを望めないほどに、
精神的にもつらくていらっしゃる方がたくさんおられることを痛感します。

整体でなくても、その方の肩や背中や手をやさしく撫でて差し上げるだけでも、
ホッとひと息ついていただけるかもしれません。

どうか、からだやこころの強張り(こわばり) が緩んで 楽になっていただけますように…。


・ NHKの朝の連続ドラマのこと

寒い一日でしたので、整体施術のお部屋にはストーブを置いていただいていました。
時間の経過とともに、整体を受けられたみなさまのなごみの場に…。

わいわいお話のできるいい雰囲気になっていました。

そんな中、流れで NHKの朝の連続ドラマの話になって。

「 あんなに(ことばは) なまってない!! 」
「 (あんなになまらせて、岩手の人を) 馬鹿にしてる!! 」

だそうです。

はい。 いろんな方とお話をさせていただきましたが、聞き返すことはなかったですよ。


・ まあね…のこと

岐路にて、宮古市の道の駅へ立ち寄りました。
お土産を買いましょう!ということで。

6月の北窓の飾りにいいなと思って、“ てるてるぼうず ” のストラップを購入しました。
何かしら想いのこもったネーミングと、東北限定?なところに惹かれまして。

 幸せの黄色いてるぼう①_130508 幸せの黄色いてるぼう②_130508

 「 みんな元気になぁれ 」
  幸せの黄色いてるぼう / てるぼうご当地シリーズ カッパ / てるぼうご当地シリーズ りんご

商品名を書いた紙を見ると 「 売上の一部を義援金とさせて頂きます。 」 とのこと。

帰ってからWebサイトを見ると、“ 黄色いてるぼう ” は通信販売でも購入可能であると。

可愛いし色もいいし触り心地もいいし、お世話になっている方に差し上げたり、
ほしいとおっしゃる方にご提供するのもいいな~、と盛り上がっていたのですが…。

 販売元:関東の会社

まあね…。 みんなが元気になれるのなら気にしなくていいんだけど。

すっかり気持ちが落ちついてしまいましたので、現在 大量購入は見合わせております。


・ まだ何も…のこと

今回、ブログを書くにあたって、田老地区のことを調べました。

復興計画ということで、住宅地の整備や漁業施設の復旧、産業の復興など
文字どおり 一からのまちづくりの計画を立てられています。

まずは、どこに住宅を建てるのか。 そこからなんですよね。
今まで住宅が建っていた場所に同じようには建てられない…。

復興復興とはいうものの、避難所から仮設住宅へ移られたのは 復興ではありません。

復興のはじめの一歩すら踏み出されていない地域があることを、本当の現地の姿を、
知っておかなければならないと思いました。
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| 世の中のこと | 2013-05-27 | comments(-) | TOP↑

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2年2ヶ月後の風景 (2)_1305

地図、ふたたび。

赤いラインは、私が歩いた道すじです。 “ 防潮堤① ” からは、反時計回りにぐるりと。
田老地図②_電子国土
                                         (電子国土Web より)


田老地区①_130505
常運寺(高台) から、正面の道を見下ろす このあたりは海から約500m
海面から10m の高さのある2枚の防潮堤で守られた住宅の多い地域でしたが、
現在確認できるのはごく近くの数軒のみです
田老地区②_130505
常運寺から、防潮堤①を正面に見下ろす
左側奥には田老漁港があり、そのすぐ外は太平洋
手前左側の青い屋根のプレハブは、のちに建てられたもの(最後の写真で紹介しています)

田老地区③_130505
国道(地図では太い黄色の線) のあたりから、防潮堤①を正面に見る
このあたりも住宅地でした

田老地区④_130505
海面から10m、地上から約5m の防潮堤①
田老地区⑤_130505
防潮堤① かなり重厚な扉がついています

田老地区⑥_130505
防潮堤①の階段の途中から左側を見る
防潮堤が長く続きます(破壊されていないX字の左側)

田老地区⑦_130505
防潮堤①の上で向きを変え、常運寺を正面に見下ろす 住宅地だったところ
田老地区⑧_130505
防潮堤①の上から、視線を左へ移す(常運寺の左側) 高台の手前まで建物がありません…
中央奥の大きな屋根は、小学校かと思われます

田老地区⑨_130505
防潮堤①の上から海の方向へ、正面の道を見下ろす
田老地区⑩_130505
防潮堤①の上から海の方向、視線を少し左へ 左奥は海

田老地区⑫_130505
防潮堤②の手前から防潮堤①を見る 上2枚の写真を反対側からみた構図
住宅の少ない地域ではあったようですが、建物の土台すらあまり見られないところでした

田老地区⑪_130505
海側の防潮堤の手前 高い塀の建つ作業現場 奥には 土の山?

田老地区⑬_130505
防潮堤② ほかの防潮堤よりも新しいのですが、海に近いためか損傷が大きいように思います

田老地区⑭_130505
防潮堤②の上から、正面を見下ろす
田老地区⑮_130505
防潮堤②の上から、少し視線を右へ

田老地区⑯_130505
防潮堤②の上から、右へ続く防潮堤を見る 右側に先ほどの作業現場

田老地区⑰_130505
防潮堤②を海側へ降りて、左側へ視線を移す
コンテナや電信柱は、震災後建てられたものだと思います
左側の2本の電信柱の間には防潮堤が続いているはずですが、ありません
代わりに奥まで続く更地が確認できます

田老地区⑱_130505
防潮堤②(の上) から防潮堤が交差するあたりへ少し歩いたところ 街灯が折れています
一番右の電信柱のあたりから右側が、防潮堤が破壊された箇所と思われます


人がいらっしゃったので、防潮堤が交差している付近の写真は撮っていません

何となくキョロキョロできませんでしたので、
歩いていたときにはそのあたりの防潮堤が壊れていたことに気づきませんでした

そののち、話を聞いてから写真を確認して ようやく状況が理解できました…


田老地区⑲_130505
常運寺のごくごくご近所のプレハブの床屋さん 右手前は床屋さんの仮設トイレ
この日も営業をなさっておられました


   ※ 文中の 「 住宅地だった 」 は、『 被災状況調査(国土交通省) 』 の
     『 震災前の建物用途の状況 』 を確認した上で述べています


この地だけが被災した地域ではありませんが、
2年2ヶ月後の写真をご覧になって 何かを感じていただければうれしく思います。

| 世の中のこと | 2013-05-27 | comments(-) | TOP↑

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2年2ヶ月後の風景 (1)_1305

岩手県宮古市田老地区の風景。 その前に。

写真だけでは状況をご理解いただくことは難しいと思われますので、
田老地区について少し説明を…。


田老地区は 「 津波太郎(田老) 」 という異名をつけられるほど、
古くから津波被害の多いところです。
 (田老地区: 平成17年6月に合併し宮古市となった “ 旧田老町(村) ” をさす)

江戸時代初期に起きた津波では、村がほとんど全滅したとの記録があります。
また、明治29年の明治三陸津波では、
345戸すべてが流され、人口の83%が亡くなったそうです。
昭和8年の昭和三陸津波では、
559戸中500戸が流失、死亡・行方不明者は人口の32%、
一家全滅が66戸だったそうです。

田老は当時としては規模の大きな村でしたので 高台での敷地確保が難しい、
海岸から離れると主要産業の漁業が困難になる という問題があり、
復興案は 高台への全村移転ではなく 防潮堤の建造を中心とした計画となったそうです。

昭和9年に工事が着工され、昭和53年(1978年) に3つの防潮堤が完成しました。
海面から10m(高さ) 総延長2,433m のX字型の巨大な防潮堤。

2011年3月11日の東日本大震災に伴い発生した津波は、
午後3時25分に田老地区に到達しました。
津波は、海側(地図右側) の防潮堤の水門や防潮扉など基礎が堅固な構造物を除く
約500m を一瞬で倒壊し、別の防潮堤も乗り越え市街中心部に進入し、
再び大きな被害をもたらしました。
                                     (『 Wikipedia 田老町 』 より)

- 東日本大震災の被害 (田老地区) -

 ・ 死者・行方不明者数: 181人 (人口4,434人)
 ・ 罹災戸数: 1,691戸    ※ ともに 2012年11月6日現在
          (『 田老 あの日、あの時 2011・3・11 東日本大震災 』
                        : NPO法人 立ち上がるぞ!宮古市田老発行 より)
 ・ 確認された津波の高さ(遡上高): 37.9m (旧田老町小堀地区)
                                      (東京大学地震研究所 発表)
             遡上高…津波が海岸から内陸へかけ上がるときの高さ
 ・ 内陸への遡上距離: 海岸から最大約750m        (国土地理院の航空写真より)


以下は参考まで

田老航空写真_電子国土_110717 田老航空写真_電子国土_771021
左: 田老地区航空写真 2011年7月17日(震災4ヶ月後)
                 山のふもとのみ建物の屋根が確認できます
右: 田老地区航空写真 1977年10月21日
                 古い写真ですが、家の屋根は確認できます
                 ちなみに、防潮堤がすべて完成したのは 翌年の1978年
                                          (電子国土Webより)

田老地図_朝日新聞_110320 田老航空写真_朝日新聞_110320
左: X字型の防潮堤
右: 田老地区航空写真 2011年3月13日(震災2日後)
      防潮堤が破壊された右側の地域には、何もありません
      2枚の防潮堤で守られた左側の地域には、
      屋根らしきものは見えますが 住宅はほぼ全壊のようです
                              (2011年3月20日朝日新聞朝刊 より)
 田老地図①_電子国土
                                         (電子国土Web より)

| 世の中のこと | 2013-05-27 | comments(-) | TOP↑

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グリーンを五感で味わいましょう

新緑が目に鮮やかな季節となりました。


連休が明けましたので、北窓の新たな試みを行動に移しました。


 北窓_130518


グリーン①_130518 グリーン②_130518
  ↑ 両端: サニーレタス           ↑ 左: ゴールデンレモンタイム (ハーブ)
    中央: チャービル (ハーブ)        右: シルバータイム (ハーブ)
                                ※ 写真では違いがわかりづらい…


マナイ通りと国道27号線沿いにある “ 荒川種苗 ” さんへ行ってきました。

マナイ通りのお店は 西市民プラザのとなり、
国道27号線沿いのお店は マナイ通りのお店の真後ろあたりにあります。


青空に映える鮮やかな緑色を味わい、ハーブの香りを味わい、
風が葉を揺らす音を味わい、やわらかな葉の触り心地を味わい、
みずみずしい葉を食して味わえる。

そんなグリーンたちです。


私は成長中のサニーレタスを購入しましたが、
いろんな種類のレタスや水菜、ルッコラやスイスチャードなどなどを、
ミニプランターで種から育てるセットもご用意いただけるそうです。


種から新芽が出て、葉っぱになって大きくなって…。

成長を見守るのもいいですね。


お手元にグリーンのある生活はいかがでしょう?

こころを穏やかにしてくれますよ。

| 当院の北窓から | 2013-05-18 | comments(-) | TOP↑

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宮古市田老地区へ行ってきました (2)

東日本大震災復興応援プロジェクト 「 縁 」
京都から宮古<田老地区> ~ 祈るこころ 生きる力 ~

平成25年5月5日
清延山 常運寺 (岩手県宮古市田老)

「 宮古市田老地区の人々を癒やし、復興への元気を取り戻す助けに 」


主に仮設住宅にお住まいのみなさまに ご案内されたと聞いています。


 常運寺祭壇_130505  観音像_130505
  ↑ 右: 清水寺の森貫主が依頼された 岩手県陸前高田市の被災松で作られた聖観音像
       京都伝統工芸大学校の仏像彫刻科の学生さん制作             (25cm)


 慰霊法要①_130505
 慰霊法要②_130505
  ↑ 被災犠牲者慰霊法要

 ご講演_130505
  ↑ 清水寺 森清範貫主 によるご講演   
 一字揮毫_130505
 宮古田老 『光』_130505
  ↑ 清水寺 森清範貫主 による一字揮毫

 発起人&歌姫_130505
  ↑ プロジェクト発起人桂林寺 能登住職 & 演歌歌手 梓夕子さん
    梓夕子さんの 心のこもった歌唱ショーもありました 

 お茶席①_130505
 お茶席②_130505
 ↑ 表千家流堀内長生庵 のみなさまによるお茶会
   お茶道具一式を 京都市・舞鶴市からお持ちになりました

 手打ちそば①_130505
 手打ちそば②_130505
 手打ちそば③_130505
  ↑ 綾部市 「 そばの花 」亭主 村上さん、出張専門そば職人 安喰さん
    そば粉・薬味の材料・大きな釜・ガスコンロ・水道のシンクなどをお持ち込み
    当日の朝4時起きで 300食のおそばをおふたりで打たれました

 施術奉仕①_130505
 施術奉仕②_130505
  ↑ 施術ご奉仕の様子
    奥から東舞鶴の清水鍼灸院 清水先生、 わたくし、
    東大阪市の整体サロンgreen 内藤みどり先生 (同じ整体学校出身)
    時間の経過とともに、ひとが集まり笑顔のあるほっこりする空間になりました

 ストレッチ教室_130505
  ↑ 東大阪市の内藤富子整体院 内藤富子先生 によるストレッチ教室
    郷里の気仙沼経由でご参加くださいました (みどり先生のお母さま)


京都・舞鶴からのメンバーはまだまだいらっしゃいますが、紹介は割愛します。ごめんなさい。

また、常運寺の高橋住職や常運寺のみなさま、お手伝いのみなさま、
地元の高校生のみなさん、そのほか遠方からご参加のみなみなさま…。

多くの方々の手とおこころによって、
その場にいらしたすべての方にとって 癒やしある時間になっていましたら、何よりです。

| お知らせ | 2013-05-10 | comments(-) | TOP↑

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